魔術史

何があったのかを説明しながら、白波瀬邸に戻ってきた。

 

とりあえず、リビングで一息ついたところ。

向かい合ったソファにそれぞれルナーと憐が腰掛けている。

 

俺はソファを使うと窮屈になるので、仕方なくダイニングテーブルの椅子に座っている。

 

「結局、何も出来なかった…。」

 

「んー?」

 

「尤は私を助けてくれたよ。」

 

「いや…。」

 

自分の拳はまるで効かなかった。

せっかく身に付けた眼識で核を見つけられたと思ったが、後から聞けば憐は黒塊の核が弱点だとすでに知っていた。そのための魔術も予め用意していたのだという。

素早くルナーを助けられたのは憐の対処のおかげだったわけだ。

 

「ルナーの力になりたかった?」

 

「え、まあ…そりゃあな。」

 

「そっか。」

聞かれて気がつく。

危険を冒してでもルナーを助けたいと思った。

それは倫理的に言えば不思議な事はない。

ただ唖然とする。俺はそんな人間だったのか。

 

 

 

 

「憐、魔力についてもう少し教えてくれないか。」

 

「んー?」

開いていた分厚い本をから目を離す。

 

「体内で作られるって聞いたけど。毎日探しに行くだろ?あまりピンと来ていないというか。」

 

「あー、そっか。魔力についてあまり説明してなかったわね。」

 

「そうなのか?痕跡は魔力として再利用できるって事と、魔術師の動向を把握する手掛かりになるって事は聞いたけど。」

 

ルナーは脚をソファに乗せて横になる。

話を聞く気はあまりない。

 

「ええ。もう少しだけ話せる事があるかな。痕跡採集には他にもう1つだけ理由があるの。」

 

「へえ。どうして教えてくれなかったんだ?」

 

「んー。そこで話してもよく分からないと思ったからね。魔力の存在すら認識していない状態でそれ以上の情報を与えても、混乱するでしょ。まずは、この世界の事を少しずつ知ってもらいたかったわけ。」

 

「なるほど。」

 

「初めは魔術師の歴史について少し話そうか。」

 

「よいしょ。」

憐の長い話が始まりそうなタイミングで、ルナーがソファから立ち上がる。

 

「ん、どうかした?」

 

「つまんないからゲームしてくる。あれ貸して!」

そう言って、手を出すルナーに尤は自分の携帯を差し出す。ルナーは受け取るとそそくさとリビングを出て行った。

 

「ゲーム?」

 

「さっき貸してやったら、やけに気に入ったみたいでな。もう自分の物だと思ってるぜ、あれ。とうもろコーンっていうパズルゲームが楽しいらしい。」

 

「へぇー。優しいわね。」

憐は関心の目を向ける。

 

「いや、別に。仕方なくだよ。多分、もう返す気ねえよ。」

 

「ふーん?そうなんだ。」

含み笑いをする憐。

 

「なんだよ…。」

 

「別にー?」

 

「そんなのどうでもいいから…。さっきの話はどうなった。」

 

「あ、はいはい。魔術師の歴史だったわね。」

 

魔術書が多く見られるようになるのは10世紀以降。それから、魔術が世間に広まったのは15世紀前後。魔術が学問として成熟しつつあったことと、流通の発達が重なった結果だ。その頃、画一的に捉えられてきた魔術の分野が確立され始めた。神秘と科学や統計。段々と別の学問としての認識が一般的になっていった。18世紀頃にはもう魔術師は神秘に特化するようになる。科学の発達によって、未知の領域が狭まったのが要因だ。現代において、神秘を呼び起こす術のみが魔術とされる。

 

「だからね。魔術は衰退していく運命だと言われてるの。科学の方がよほど便利で優秀。そもそも、前提として扱える者とそうでない者が存在する学問なんて胡散臭いもん。」

 

「へぇ。そんな事で無くなっちまうのか。」

 

「まあね。必要ないじゃない?魔術師として一生魔術と向き合って暮らすより、普通に働いて普通に暮らした方がずっと楽で幸せだもの。」

 

「そうなのか。」

それなら、どうして憐は魔術師をやっているんだろうか。

 

「それとね。少しずつ大気中の魔力量が減っているそうよ。ただ、数十年で1%とかその程度らしい。聞いた話だし、調査の方法や結果は曖昧だから鵜呑みにするのは良くないけれど、参考までにね。だから、魔術の創成期と比べて魔術師は生きるのが難しくなってるんだ。」

 

「聞いたって、知り合いの魔術師か何かに?」

 

 

「んー。そんなところ。今度連れて行ってあげる。」

 

「はあ。」

 

「ここまでが魔術師の語るこれまでの歴史なんだけど。大切なのはここからなの。魔力濃度や科学の発展により、廃れていくと思われていた魔術に一筋の光が射した。魔力濃度が異常に高い地域が世界各所に出現したの。これは特異環境指定地区とされて、顕現正教会が警戒監視下に置いているわ。」

 

「な、なに?けんげ……なんだって?」

 

「顕現正教会よ。自称魔術会の警察ね。日本最大の魔術結社。全国に拠点を持っていて、そこに教会員が在中しているそうよ。その教会員が特異環境指定地区、つまり特区の見回りを強化しているって事。特異環境が見つかったのは15年前。歴史的に見ればつい最近の出来事よ。」

 

「15年前…。」

 

「そして、特区は日本に二か所あり。そのうちの一か所はこの日倉市。」

 

「そうだったのか!?」

 

「うん。だから、各地からいろんな魔術師が訪れる。」

 

「あー。それで、毎日のように見回ってんのか。」

 

「そういうわけ。私の調査地域荒らされたら困るでしょ?」

 

「でも、そんな奴に遭遇したら俺らは危ないんじゃねえの?毎日のように出歩いてるけど。」

 

「いや、そんな物騒な魔術師そうそう居ないって〜。」

腹を抱えて、ケタケタと笑う。

 

「真面目に聞いてるんだが…。」

 

ドタドタドタ

慌ただしい足音がなる。

 

「ねえ。お腹空いたよ〜。」

自室から戻ってきたルナーが空腹を訴えてきた。

午前中の痕跡採集を終えて小一時間が経つ。

 

「お、ゲーム終わったの?」

 

「勝った!」

満面の笑みでガッツポーズして見せる。

 

とうもろコーンて勝ち負けのあるパズルゲームだったっけ。

 

憐は立ち上がってキッチンへ向かった。