鬼 未完成

暗転。ポトンッ。

 

「…はぁ。」

 

「ん…ここ…どこだっけ。俺は何してたんだ。」

 

「頭がぼーっとする。」

 

「体が全然動かねえ…目も開かねえ…。」

 

「ああ……そうか。疲れてんだ……。」

 

「にしても…何して疲れたんだっけ…。」

 

「まあいいか、そんな事…。」

 

「もう…寝よう。」

 

「従え…。」

 

「………」

「俺に…従え…。」

 

「……ん…誰だ…?」

 

「…呼ぶなよ。もうすぐ寝れるんだ。」

 

「俺に従え…。」

 

「なんだって…?」

 

「力をやろう…。」

 

「力……?」

 

「全てを統べる力を。」

 

「んだよ…夢を…見てるのか…。」

 

「全てを支配する力を。」

 

「はぁ…夢ならもう良いから寝かせてくれよ…。」

 

「救いたいのだろう?あいつを。」

 

「………あい…つを……。」

 

「………。」

 

「あいつ………?」

 

「………」

 

「…………あぁ…なんで……。」

 

なんで忘れていたんだろう。

俺を頼って、全部話して、不安で…。

それでも笑って。

これからの事を考えて、無理して笑って…。

俺を信用してくれた。

 

酷い接し方だったかも知れない。

心無い扱い方だったかも知れない。

無闇に彼女を傷付けてしまった。

 

「………。」

 

それでも彼女は俺を頼っていた。

それ以外に望みがないから。

誰かを頼らないと、この世界で生きていけない。

 

憐は初めからルナーに優しく接していた。

きっと、何の得もない。

痕跡の採集だって、憐の研究にはほとんど貢献できていないんだろう。

全く意味が無いという訳では無いが、しかし、それだけで俺たちを養う価値があるとは到底思えない。

きっと、義務を作る事でただ厄介になっている罪悪感のようなものを軽減してくれているんだろう。

 

そんな中、俺はどうだ。

頭の中は常に自分の事だけ。

自分の手が届く環境だけに気を配って、縮こまった価値観でなんでも分かった気でいる。

 

実際、そう思っていたんだよ。

人なんて所詮信じられない。どれだけ優しい顔してたとしても、腹の中が見えるわけじゃない。

信じたところで裏切られる。どうせ。いつか。必ず。

 

でも、そうじゃないんだな。

憐の優しさは打算的なものじゃない。

じいちゃんの厳しさは俺を守るためのものだった。

今、こんな目に遭っているから分かる。

すごく痛くて苦しい。

 

俺とルナーは似ていると思っていた。

だから、他人を頼る彼女の言葉を否定せずにはいられなかった。

誰も自分を守ってはくれないと教えるべきだと思ったから。

彼女には絶望を味わって欲しくない。

それなら希望を見出さない方がいくらかマシなのを俺は知っていた。

誰にも頼らず、希望を抱かず、信じる事なく孤独に生きる。

 

けれど、それこそが間違いだった事は今なら分かる。

時には裏切られる事もある。その反面、救われる事だってあるんだ。

この世は絶望に満ちているわけじゃない。その先に何があるかなんて分からないんだから。歩みを止めなければ、いつかきっと。

 

彼女が前へ進み続けさえすれば、救われる時が来る。

それを俺は知っている。

だからこそ、俺に出来る事。

 

今、あいつを救ってやれるのは俺しかいない。

心が折れかけていた。

なぜここにいる。

なぜ苦しい思いをしている。

なぜ死にかけている。

 

俺が…。

あいつを…。

 

 

「…あいつを!!俺がルナーを!!!助けるんだろうが!!!!」

 

暗転

特殊効果

 

 

「!?」

 

「これは契り。…いつの日か必ず代償を。」

 

「代償…?なんだって良い…。あいつをぶっ潰す力をくれ!!」

ぐっと拳に力を込める。

 

「ぐっ…くくっ!!」

 

「ぐぐっ!!!うおおおおお!!」

 

「うおおおあああああ!!!!」

 

「四鬼の一角。金鬼の名の下に命ずる…。呼び醒ませ。我に宿りし、呪われた魂の奔流。我が従僕を鬼人とし、権限せよ!!!」

 

明転

 

「はあ…はあ…。」

 

「あれ…なんだったんだ…今の。」

 

「き、貴様ぁ!!何をした!!」

俺の首を締め上げていたはずの耀毅は数メートル離れたところで、警戒心をむき出しに構えている。

 

「尤…?大丈夫!?」

 

「あ、ああ。今、違うところにいたような。」

 

右腕がやけに重い。

力を入れようとするとピリピリと淡い痛みが走る。

 

「うぐっ、はぁ…はぁ…。」

肘から先が青白い炎を纏っている。

再燃する腕のオーラはこれまでで最も強い。

 

「…これは…。」

燃え広がるオーラは右腕を全体を覆うように包み込んでいく。

 

「何が起こってんだ…。」

 

「あの時と同じだ…初めて会ったあの夜と…。」

 

青白い光は一層強くなる。場内全てが光に包まれる。

 

「ぐ……くっ………。」

 

明転

 

「なんだ…その右腕は!!」

 

腕の光は消え、肘から先が禍々しい形状に変化している。

鬼。鬼人。権限。

あの呼びかけは幻覚じゃなかった。

 

「これが……力…。」

 

「尤!!」

 

「な、なんだそれはぁ…!!」

たじろぐ耀毅。

本人すらも予想だにしない状況に、恐怖心が芽生えている。

 

「状況はよく分からないが、やっとお前を戦えるみたいだな。」

息巻いて、顔を上げる。

しかし、正面にいたはずの武藤がいない。

 

「うりゃぁああああ!!!」

 

響く怒号。

姿を捉えようと左右を見渡すが、それでも見つからない。

いない。いない。思考回路が動きを止める。

その時、瞳に届くはずの、照明の明かりが遮られたのを感じる。

反射的に上を向くとそこには照明を覆う大きな陰。

耀毅は空中で腕を振り上げ、こちらへ向かってくる。

 

意表を突かれた。

思考を巡らせてコンマ数秒。耀毅が眼前まで迫り来る。

 

「くっ…!!」

避けられない。

後退しようにも、その猶予がない。

ガードして…防ぐしか…。

 

腕は重くて、ひどく痛む。

動く…のか…?

でも、やるしかない。

 

「うぉおおおりゃああああ!!!!」

 

「…うご…け!!動けぇええああああ!!!!」

 

耀毅に向かって拳を前に突き出す。

強烈な衝撃。

爆音が響き、土煙が舞う。

 

「ゆううう!!!!」

 

衝突。

耀毅の獣のような突進に拳を合わせる。

火花が散り、力が拮抗する。

耀毅の一撃を完璧に抑えた。

とっさに反応したが押し負けていない。

 

「…な…にぃいい…!?」

 

「これが…鬼人の…力。」

 

尤は武藤を押し返し、後退させる。

 

「…な…なぜだ…。何が起こっている…?お前ええ!!なんだその力は!!それはっそ…それはそれはぁ!!!」

 

「はぁ…はぁ…。正直、俺にもよく分からねえ。でも…これでお前をぶっ潰せる…!!」

 

「くっ………。」

 

「ルナーは武藤に救われていた。それを邪魔したお前が許せねえ。行くぞ、クズが…!!」

 

拳を握る。

強い思いと共に、全ての力をこの一撃に込める。

 

「その悪念もろとも砕け散れよ!!」

 

振りかざした拳が直撃する。

轟音。衝撃が床を伝い、建物全体を揺らす。

 

「うああああああああ!!!」