鍛錬を始めて今回で三度目。
もう猶予はない。
この後、武藤製薬に忍び込み、ルナーを助け出す。
その算段は憐が整えてくれているはずだ。俺はそれまでに、結果を出さなければならない。せめて、足手まといにならないよう力を付けなければ。
前回は何も成果を得られなかったが、今日はどこまでやれるのか。
「うん、来たわね。ルナーが待ってる。是が非でもここで魔術師になってもらうわ。」
「魔術師…そうだな。」
「今日も感知の続きからね。これさえできれば、残る要素は2つ。想像と干渉よ。ただ、干渉は開悟さえできれば問題ないし、この際想像に関しては飛ばしても大丈夫だから…。」
「え、飛ばす?」
「うん、そうね。行動の前に結果を予想して動くでしょ?魔術の場合もそれは一緒。火を起こしたいなら、火がどうやって燃えるかを想像して詠唱するの。つまり、誰でも日常的にやっている事よ。コツはあるけど、難しくないわ。だから、今回はパス。まずは尤には最低限の魔術を使えるようになって欲しいし、魔力への干渉を教える。正直、これが難しい。素養があって感知能力だけは持ってる人って案外少なくないの。例えば、自称霊能者。テレビのロケで事故物件に行って、霊がここに居ます成仏させますって適当言ってる人。」
「適当言ってるって…。」
「いいのいいの。あれは全くのハッタリか、視覚感知しか出来ない人ばかりだもん。干渉を身に付けて、霊に触れられる人間ばかりならば、むしろ自称霊能者なんてそうそう出てこない。霊っていうのはそのくらい安易に扱っていいものではないの。それを除霊します成仏させますなんて簡単に言うもんじゃない。怨念。そして、それを含む死者の思念は複雑で相当恐ろしいのよ。」
「ん?幽霊ってのは魔術とどう関わりががあるんだ?」
「えー、昨日話したでしょ?青い魔力は霊属性。つまり、霊自体が魔力の塊ってこと。」
「あー、そうか。」
「霊能者っていうのは、霊を見たり、干渉したりする事を生業にしている人よね。それって魔術師と何も変わらないのよ。ただ、魔術師が霊属性専門で商売をしているってだけなの。」
「へぇー。」
「てっきり一昨日の説明で理解してると思ってた。」
「…そんな説明されてなくね?」
「嘘だ。魔力に霊属性があるって話したでしょ?」
「いや、あれだけ!?難しいだろ。」
あははと笑い、流そうとする憐に必死に抗議する。
「ごめんごめん。それじゃあ、始めよっか。」
「まったく…。」
「さっきも話した通り、できれば干渉の感覚を知ってもらいたい。それさえクリアで出来れば、魔術は使えるから。大丈夫よ。私に任せなさい。」
「あのさ…。試したい事があるんだ。」
「試したい事?」
「腕の痛みについてなんだけど。何の痛みなのか不思議だったんだ。感じた事のない痛みでさ。火傷でも、切り傷でも、打撲でも、骨が折れているわけでもない。この痛みは何なんだって考えてたんだ。」
「へぇ…。」
「そこで寝る前にもう一度、武藤との一件について思い返してみた。ルナーが叫び声を上げて、その瞬間、何も見えなくなった。あれはきっとルナーの魔法だ。思い出すと痛むんだよ。」
もしあの感覚が魔力なら。
あのヒリヒリとする感覚。
この腕に残る痛みこそが魔力の流れる感覚。
集中する。
目を閉じて、深く息を吸う。
この感覚を強く思い起こす。
外界に向かう意識は必要ない。
全ての意識は内界の底へと沈む。
沈む------。
意識層の最深部。
何もない。澄み切った暗闇の世界。
ここは…。
本当に何もない。それとも、俺にはまだ見えないのか。
一筋の光が灯る。
弱くてか細い光。
ただし、小さくとも確実に燃えている。
この暗い世界に、唯一の光に目が奪われる。
「眩しい…。そうか、これが…。」
この身体に眠る神秘の力。
光にそっと手を伸ばす。
これが……魔法。
明転
「はぁ…はぁ…。」
目を開けると光を掴んだ右腕が碧く燃えている。
「あ…え…。尤これ…!」
「……。」
「嘘でしょ。驚いた…。」
「これが魔法……なんだな?」
「うん!良くやったわね…。しかも、あの日見た物と同じ。私の見立てに狂いはなかったわ。」
手を広げると同時に炎は弱くなり段々と消えていく。
尤の意思に従い、力が抜けるのと呼応するように魔法は消滅する。
いつの間にか、腕の痛みは感じなくなっていた。
「あの雨の日と同じ…?なあ、そろそろ、あの時何があったのか教えてくれないか?」
「んー…。」
「ま、もういいよね。教えてあげる。別に怖い話じゃないのよ?結論を言うと、あの時の黒塊を追い払ったのは私じゃない。尤。あなたが倒したのよ。」
「俺が…?」
「うん。今のように、右腕にオーラを纏わせてね。だから、あなたが魔法を発現させるって確信があった。すぐに魔術も使えるようになる。」
「だから、あんなに自信満々だったのか…。」
「まあね。」
「でも、正直自力で最後まで行けるとは思ってなかった。魔法の発現のため、尤には瞑想をしてもらってたでしょ。実は、あれの他にもう1つだけ方法があったの。」
「もう1つの方法…?でも、憐は教えてくれなかったじゃねえか。」
「ええ。本当は使いたくなかったんだもの。簡単だけど、危険なのよ。時間は短く済む代わりに失敗したら最悪死ぬわ。」
「死ぬ!?どういうことだ?」
「方法は簡単。高濃度の魔力を浴びる。それだけで魔法が発現する。もしくは、何度か試して、やっと出来る者もいる。魔力は放出するだけなら攻撃性はない。ただ、人間には魔力を蓄える機能が備わっているわけだけど、それには許容量がある。許容量を超えると極端に体に負荷が掛かるってわけ。負荷が掛かり過ぎると…ね。」
「それを俺にやるつもりだったってわけか。」
「そうだけど。死ぬのは本当に最悪の話よ。あまりにも許容量が少なかったり、急激に流し込みさえしなければ大丈夫。尤が魔法を使ったのを見た私としては、まず起こり得ないって分かってた。」
「そうか…。」
にしても、昨日の一件でそんな事が起こってたなんてね。」
「そんな事?」
「うん。ルナーの魔法を受けたって言ってたでしょ。きっとそれは魔力放出。暴走状態になったルナーは意図せず魔力を大量に発散した。幸か不幸か、それを受けた尤の魔法の発現に繋がったってわけね。ヒリヒリとする痛みは魔力が体内に無理やり流れ込んできた事による副作用でしょう。」
「やっぱりそうだったのか…。一応、ルナーに感謝しないとな。」
「そうね。キャパオーバーで頭が破裂しなくて良かった。」
「あ、頭が破裂って、比喩的な意味だよな…。」
「さあねー。」
「ええ…。」
憐は怪しげな笑顔を浮かべている。
「でも、どうして瞑想なんて、時間のかかる方を教えたんだ?聞く限りだと、実際は魔力を流し込むのだって慎重にやればに危険は少なそうだし。第一、手っ取り早い。」
「魔術を軽く扱って欲しくなかったのよ。魔術師は自身の研究にその生涯を捧げる。今、そんな意識は尤にはない。軽く扱えば、思わぬしっぺ返しが来る。だから、尤には慎重でいて欲しいかったわけ。ただでさえ、考えるより先に行動するようなタイプなんだから。あえて古典的な方法だけを教えたの。」
「ふーん。そんなのいいから早く教えてくれよ…。」
「だから、そういう軽率さが心配なんだよなぁー。」
「…あー…なるほど。」
「ったく。何はともあれ!魔法が発現して良かった。ダメだったらどうしようかと思ったよ。万全とは言わないけど、最低限の準備は出来た。」
「そうだな。間に合って少しホッとしてる。」
「気を抜かないでよ?それじゃあ、この後の話をしようか。」