「さて、やりましょう。」
「……。」
「どうしたの?」
「別に。訓練って何するんだ。」
「大丈夫。もう既に一度見せてもらってるからね。」
「見せてもらってる…ねぇ。」
憐と出会ったあの日。
俺は魔法を使ったらしい。
あの日の記憶はあまりない。
所々抜け落ちていて、あやふやな認識になっている。
思い出せるのは深い暗闇、それを打ち消すくらい眩い閃光、そして憐に差し伸べられた手のひらだけ。
その後、憐に話を聞いたけれど、肝心なところはなぜか教えてくれない。
"覚えていないなら、その方が良い。知りたければ自分で思い出しなさい。"と言って、はぐらかす。これからも話す気はないのだろうか。
だから、そのお墨付きは自信にも余裕にもならない。。
暗転
「んじゃ、やってくよー。」
「まず、基礎からね。魔術の習得にはいくつかの段階が必要なの。だから、順を追って説明していくね。」
「習得するには3つのセンスが必要よ。1つめは感知。2つめは想像。3つめは干渉。その3つがバランス良く噛み合うと魔術の発現に繋がるってわけ。」
「感知は魔力を感じて、読み取る力。想像は魔力から何を生み出すのか考える力。干渉は魔力の制御、変換を行う力。魔術師の良し悪しはおおよそこれらのセンスによって決まるから、それぞれ鍛えていくわよ。」
「へぇ。」
「今日は感知を鍛えましょう。って言っても、尤の場合は元々、霊が見えたり、あのモヤモヤが見えていたわけだから、鍛える必要はないのかもね。一応、確認だけしてみよっか。」
そう言うと、彼女はA4用紙を用意した。
テーブルに置かれた用紙にに手のひらをかざす。
紙に細工でもするのか。
「っ…!」
目を瞑って、用紙に力を込める。
尤にそれをじっと眺める。
「……っ!んっ!!……ふぅー…よしうまくいった。はいこれ。」
彼女は顔を上げて、尤に紙を差し出す。
「なにが見える?」
「え?」
「テストテスト!読んで。」
「読む?」
受け取った紙をみると、白紙ではない。
大きなシミがあるのは分かるが、ぼんやりとしている。
尤の目は決して悪い方ではない。
不思議に思い、今度は目を凝らしてよく見てみる。
すると、さっきまでシミだったそれは文字としてはっきりと見えた。
焦点とは違う何かがピタッと合わさった感覚。
用紙にはそれぞれ違う色で4文字。たこやきと書かれている。
「た…こ…やき?」
「おおー!読めた。正解!」
「はぁ?なんでたこ焼き?。」
「え?別に意味はないけど。」
「……?そうか。」
「コホン。これはね。識字って言って、魔力感知が視覚的に機能してるかを調べる古典的な方法よ。字は読めたみたいだけど、色は分かる?」
もう一度手元の紙に目を落とす。
色が違う?
文字は全て灰色に見える。
強いて言えば、それぞれ濃淡があるような。
「うーん…。」
「焦らなくていい。力を入れずに自然体で。深くゆっくりとした呼吸で。1文字だけ見なさい。まずは"た"から。輪郭を意識して、それだけを見るの。」
言われた通り、輪郭に意識が向くよう、一文字のみを視野に入れるように集中する。
「紫…?」
「へぇ〜。見えた…。」
「合ってるのか…?」
「うん。次は?」
促されるまま、4文字全ての色を確認していく。
「おお…全部見えたぞ。こ、これってどうなんだ…?」
「言う事無いわ。正直、色まで当てるとは思ってなかった。幼い頃から見えてるだけあるわね。」
「見込みあるのか?」
「うん。相当あると思う。」
「へぇー。」
「ふふっ。」
それを見て、憐がクスリと笑う。
「なんだよ。」
「別に?弟子が優秀で私も嬉しいわ。」
「そうかよ。」
俺は嬉しくない。
役に立たない才能ほど意味のないものはない。
「さあ次はー。」
「まだやるのか。」
「ええ?始めたばかりじゃない。」
「……。」
「尤が言ってくれた通り、それぞれの文字に色が付いていたでしょう?この色は魔力の性質を表してるの。」
「はあ。色ごとに違うのか?」
「ええ。魔力には属性がある。それぞれの属性は性質が異なり、色も別々。黄は天。青は霊。緑は妖。紫は地。」
「んー。じゃあ、属性はどうやって決まるんだ?」
「魔力とは感情によって生み出される力よ。その感情の本質は生み出す魔力と密接な関係がある。つまり、思想と環境が属性を決めるわ。天は神への信仰。霊は死者の思念。妖は生者の思念。地は物質への情念。何をどうやってどう思ったか。それが重要なの。」
「属性の違いは何に影響するんだ?」
「魔術の質に関わってくるわ。例えば、物質への情念によって生み出された地属性の魔力は降霊術にあまり向かないし、死者の思念によって生み出された霊属性の魔力は使い魔の使役には向かない。地属性ならば物質に干渉する魔術の方が得意だし、霊属性なら生き物を作り出して、動かすよりも、霊に取り入って目的を果たす方が効率がいい。」
「ほう…。」
「大丈夫?ついてこれてる?」
「まあ、たぶん。」
「おっけー。話はこのくらいにしておくから、ちゃんと覚えておいてね。」
暗転
それから尤は1時間ほどトレーニングを受けた。
複数枚の用紙にはバラバラな属性で適当な文字が印字されていて、憐はその中の一枚だけを引いて、尤へ見せる。そこに何が何色で描かれているか当てるというゲームのようなものを延々繰り返した。
子供向けの英会話教室もこんな事をやっていそうだ。
今日の鍛錬を終えた頃、陽はすでに暮れていた。