語り(憐)

「見たものを他人に正確に伝える事はできる?」

首を傾げる俺を尻目に、彼女は口を開いた。

 

「君は道を歩いていて、猫と遭遇したとしよう。まあ、なんでもいいけど。その猫の姿、色、大きさ、鳴き声を他人に正確に理解させる事はできる?」

何の話だろうか。SFか?それとも、哲学にでも関心を持ったのか?

どうせ、あの話なんだろうけど。

 

「だいたいは教えられるだろ。想像付くくらいには。」

ふーむと難しそうな顔をして、頷いている。

俺の答えは不十分だったようだ。

 

「だいたいは、ね。でも、正確じゃない。完璧でも、再現的でもない。」

 

「完璧だって?そんなの無理だろ。実際に見た人にしか、分からない事もある。」

 

「そうね。人から人に情報を伝える時には何かしら欠落がある。他人なのだから仕方ない。一つの言葉から受け取る印象がそれぞれ異なるのは当然ね。」

何を言ってるんだ。

どこか遠回しに話を進めているようだ。

 

「それで?それがなんだよ。」

少しイラついて乱暴な聞き方をしてしまった。

 

「そう焦らないの。」

ニヤッとして、楽しそうに続ける。

 

「じゃあ、自分自身はどう?伝える云々の前にそもそも、その猫を正確に理解できてると思う?」 

 

「どういう意味だ?できるだろ。見えてるんだから。他の猫が出てきて比べても区別できる自信だってある。」

 

「確かに。でも、逆に言うと、人の認識なんてその程度に過ぎない。区別出来る程度の認識で満足してしまう。しかし、一握りのごく限られた人間達はその先を行く。」

あのね。と1人語りは続く。

 

彼女の話はこのような内容だった。

 

 

 

感覚は理解し難く、同じ体験や言葉から得られる感覚は人によって誤差がある。

例えば、目の良さは人それぞれ差がある。

100メートル先にいる猫を猫だと識別できる人もいれば、何かの生き物だと捉える人もいるし、道端に転がった石に見える人もいる。

言い換えれば猫は他の生き物に変わるし、石にだって変わるのだ。

猫を猫だと認識し、その特徴を共有し、同じ対象を猫だと確信出来るのはこの場合で言う同じ目の良さを持っていないと成り立たない。

 

しかし、そこに当てはまらない人間が少しだけ存在する。

「幽霊を見た」「宇宙人を見た」という人が例として分かりやすい。

そのような体験ができる人間は希少であるがゆえに、他人と共有できない感覚を持っている。

人間はどうしても多数派を「普通」と捉えるだけではなく、「正しい」としてしまいがちだ。

彼らの話を否定しきれないというのに。

 

 

「まだ分からない?この前、思い知ったでしょ。私たちの世界を。」

 

「ああ…。」

ピンと来た。

 

大気中に漂う光は呼応するように揺らぐ。

放出されたオーラは意志を持つように進み続け、その姿は全く別の物に変化する。

夢でも幻覚でもない。

想像を具現化し、常識を捻じ曲げる。

 

その存在を俺は知っている。

 

「そう。私たちには魔力が見える。誰しもが見える訳ではない魔術の燃料が私たちには見えている。みんなが見えるわけじゃないけど、正しいのはこっちでしょ?」

 

「そういうことか…。」

自分が知らなくても、世間が知らなくても存在する物がある。

 

「他人に見えないものを見える人がいる。じゃあ、私たちに見えてないだけで未知のものがあるかもしれない。これが魔術師の探究心を燃やし続けているのよ。」

 

「なるほど。」

魔力っていう常識とはかけ離れた存在を知ってしまっている。それ以上のおかしなものがこの世に存在していたとしても、なんら不思議はない。

 

「この発想が魔術を発展させ、魔術師を繁栄させてきた。魔力の存在という裏付けから未知の物質、現象、領域の存在を仮定し、研究する。それが本来、魔術師の目的なの。出発点は魔力なのだから、魔力を用いた実験をする事になる。そこから魔術が生まれ、法則性を見出し、未知への扉を開拓しようとしてきた。」

 

それが私たちの使命だと言わんばかりに柔らかくも凛とした表情をしていた。