見習い

動かなくなった武藤を確認したが、すでに死んでいた。

黒い霧について新たに情報を得る事は出来なかった。

 

 

ルナーも含め、3人で武藤製薬を後にした。

憐は重症だったが、無理をして歩いた。

ルナーは障壁内で魔力を使い果たし、気を失っていたので、尤が背中に負ぶって歩いた。

 

外はもうすでに明るい。

日は登り始めている。

早朝の静けさと肌寒さは無い。

ボロボロの3人は眩い日差しを受けながら、一歩ずつ踏みしめて家路に着いた。

 

暗転

 

この一件はニュースでも取り上げられた。

建物の損壊がやけに激しい事から、何者かが武藤製薬への恨みを持って侵入し、敷地内を荒らした迷惑行為だとして報道された。当然、犯人は未だ見つかっていない。1点だけ気になったのは、死亡したはずの武藤紀ニが行方不明と報じられた事だ。

 

「あの傷で死ななかった…。」

 

「そのようね。まあ、誰かが遺体を隠したって線もあるけど。」

 

「くそ…。あいつはどこかでまだ生きてる。自分を神と勘違いしたクソ野郎が。」

 

「まあ、人殺しにならずに済んで良かったじゃない?」

 

「………。本気で覚悟をしたんだけど。あいつのためにってな。」

 

「…うん。」

 

「うぁーー!!」

 

少女の甲高い声が洋館に響き渡る。

それから間も無くドタドタと足音。

階段を駆け降りてくるのが分かる。

 

バタン

 

リビングの扉が勢いよく開き、少女が現れる。

桃色の髪を左右に揺らして、鼻息荒く歩み寄ってくる。

 

「私のお菓子がない!!!」

 

「お菓子?」

 

「うっるさ…。お菓子…?」

 

事件からもう1週間が経つ。

ルナーはこの白波瀬邸で一緒に暮らす事になった。

尤と同じく、憐の弟子として魔術を習っている。

 

 

「ええ!?2人とも知らないの?チョコのやつだよ。箱に入ったチョコの!」

 

「はぁ?知らねえよ。どうせ部屋だろ。」

 

「それが全然見つからなくて…。憐は知らない??」

 

「チョコのお菓子って。昨日買ったやつ?」

 

「そうそう!そうなんだよ〜。肌身離さず持ってたはずなのにいつの間にか無くなってた。」

 

「ん?ああ!あぁー…俺食った。」

 

「えええーー!!なんでよ!!まさか、ルナの部屋に忍び込んで!?」

 

「はぁー?そんな事するかよ!」

 

「じゃあ、どうやって取ったのさー!」

 

「洗面所に置いてあったぞ。お前のだったのか。」

 

「洗面所…?そ、そんな気もしてきた。せっかく憐に買ってもらったのに…。」

 

「また買ってもらってくれ。」

 

「なにその反応!私のお菓子だったんだよ!?」

 

「まあまあ…。また買ってあげるから…。」

 

「そういう問題じゃないよ!!」

 

「食っちまったんだから、仕方ないだろ。だいたい、あんな所に置いておくのが悪い。」

 

「ひどい…。ひどすぎる!!返せ〜〜!!」

尤の座るソファの横に飛び乗って、ポコポコと肩を叩く。

 

「やめろ鬱陶しいー。この世はな。弱肉強食なんだよ。分かるか?」

 

「うわっ。そういう事言う?夕飯のオカズ全部食べてやる!!」

 

「ふん。やってみろよ。」

 

「覚えてろ〜〜!?」

 

「望むところだ。」

 

「ふふふ。」

憐は微笑みながら、2人を眺めている。

 

「あ。何笑ってんの、憐!バカにしてんでしょ!!」

 

「えぇ?あはは。違う違う!」

 

「えー。じゃあ、何?」

 

「そうだなぁ。楽しそうでなによりだなって。」

 

「そうかー?いつも怒ってるじゃねえか。」

 

「うるさー。尤は黙ってて。」

 

「はいはい。」

 

「それで。なんで笑ってるのー?」

 

「ふふふ。」

 

「ほらまた!」

 

「いいのいいの。」

 

「ルナーがバカ過ぎるからだろ?」

 

「はー?よく言えるね!学校の成績悪い癖に!!」

 

「はぁ!?何でそんな事知ってんだよ!」

 

「憐が言ってた。」

 

「おい、憐!!変な事教えんなって!」

 

「あはは。ごめんごめん。」

 

「バーカバーカ。」

 

「くっ。良いんだよ。学校の成績は。」

 

「学校の成績は…ねぇ?」

 

「なんだよ。」

 

「魔術の成績はどうなのかなと思ってね?」

 

「えぇ?」

 

「もうルナーに追い抜かれてなかったっけ?」

意地の悪い訊き方をする憐。

 

「い、いや。まだ、強化は抜かれてねえよ!!」

 

「えー?それ以外は?」

 

「ぐぬぬ……。」

何も言い返す事ができない。

 

「なになに?」

 

「………。ちょっとトイレ行ってくる。」

 

尤はゆらっと立ち上がり、リビングを出て行ってしまう。

 

「怒らせちゃったかな?」

 

「大丈夫よ。別になんとも思ってない。」

 

「そうかなぁ。」

 

「そうよー。居心地悪そうだったから、ちょうど良い。」

 

「ふーん?」

 

 

「器用じゃないなぁ…まったく。」

ふふふと笑いながら、誰にも聞こえない小さな声で囁く。

 

ルナーはそのにこやかな表情の憐を不思議そうに見ている。

 

「あ、おはよ。ルナー。」

 

「ん?おはよー!」

 

「ふふふ。うち来て後悔してない?」

 

「えぇ?」

 

「この生活。楽しい?」

 

「うん!」