「ふう…。着いたわ。」
「ここか…でけえな。」
「まあ、そこそこ名の通ってる製薬会社だからね。CMやってるし、儲かってるんでしょうねー。」
2人が武藤製薬に到着した。
正面入り口前に立ち止まっていると不審がられるかも知れないので、入り口から距離を取った木陰に身を潜めている。
「裏口はあそこだけみたい。」
「ここも居るぜ、警備員。」
「仕方ないから向こうの道から柵を越えて入りましょう。」
「ええ…。警備員なんて無視出来る魔術とかねえのかよ。」
「うーん。動きを止めるとか気絶させるとかなら出来るけど。出来る限り人に接触しない方がいいでしょ。あまり事を大きくしたくないし。何かトラブルにでもなったらまずい。ほら行くわよ、急いで。」
「マジかよ…。」
暗転
「ここら辺ならまあ大丈夫でしょ。監視カメラとか無さそう?」
「まあ、見当たらないな。」
「よし。じゃあ、登るけどその前に。」
ポケットの中に手を入れる。
小さな宝石のようなものを右手で取り出して、もう一方の手の平に乗せた。
一円玉ほどのそれは、複雑な模様が刻んである。
「魔石か?それで何するんだ。」
「今はおまじないだと思っておけばいいわ。今度教えてあげるから。」
目を閉じて、石を手の平から地面に落とす。
すると、ぶつかった部分が輝いて、波紋状に淡い光が広がっていく。
「うわっ。」
「しばらくの間、足音が小さくなる。結界系の魔術ね。過信はしないで。難しくは無いけど、効果も弱い。」
「身構えちまった。先に言ってからやってくれ…。」
「ごめんごめん。それじゃ、先行くわよ。」
憐が柵の方を向き、中腰になる。
すると、彼女の足元が青く淡く光りだす。
よっと言いながら、2メートルほどある柵を軽々と跳躍してみせる。
魔法による超人的な跳躍力。
「ほら、つっ立ってないで急いで…!」
柵の向こうから急かすようなジェスチャーを送ってくる。
「ええ、俺それ出来ないんだけど…。」
周囲を確認するが、人気はない。
仕方なく、柵をよじ登る。
結構目立つ行動をしている気がするが、何者かに気付かれた様子はない。
なんとか、敷地に踏み入る事ができた。
柵の内側は木々が生い茂っていて、手入れが行き届いていない。
草木をかき分けながら、出来るだけ音を立てずに建物の外側の壁にたどり着いた。
「それで?ここからどうする。」
「うーん。正直調べが足りてないからなぁ。しらみ潰しになるわね。私が思うに優先して調べた方が良さそうな場所は2つ。まず、本棟。単純に研究施設があるはず。ここに何かしらの手掛かりもしくはルナー本人がいるんじゃないかって思ってる。もう1つは倉庫。最近の改築されたらしくてね。こっちも少し怪しいな。」
「倉庫が怪しい。」
「それじゃ、倉庫へ行きましょう。着いてきて。」
周囲を警戒しながら、倉庫へと向かった。
倉庫前に着くと、施錠された扉の前に立つ。
「ここも使うわね。」
使うとは、もちろん魔術の事。
返事の間も無く、目を閉じて、ポケットの中から石を2つ取り出す。
そして、手をかざすのは扉では無く、その横の壁。
「警報みたいなのなったら困るからね。」
言い終わったかどうかのタイミング。
ドンッ。
という音はせずに、壁が崩れる。
「な!?」
耳を疑う。
壁が崩れた事以上に、見た目に反して音が聴こえない。
飛散しそうになった破片は一定距離以上広がらずに跳ね返る。
まるで、見えない壁が存在している。
瓦礫は崩れた壁の50センチ四方ほどの狭い空間に不自然に積み上がった。
「よしよし。うまくいった。」
「これは…初めて見るよな。」
「いや、結界は鍛錬の時に見せたでしょ?壁の一部に力を加えて一気に壊す。それを結界で全て遮断。完璧ね。」
「今のも結界…そんな事も出来んのかよ。」
いや、前のは違った。
両手で包み込めるほどの大きさだったし、目で見る事ができた。
色、性質、形状やサイズは思い通りになるのか。
崩れた壁を見ていると憐はその新しい通路から建物へ入っていく。
「おい、置いてくなって。」
憐の後を追って、中へ入る。
人気は無く、静かだ。
そこにあるのは大きなダンボールや手に収まるほどの小さな箱まで。数メートルもある背の高い棚に丁寧に積んである。ただ、備品等があるだけ。倉庫として使用されていると考えて間違いないようだ。
「普通だな。」
「確かにね…。でも、どこかに扉があるはずなんだけどな。」
憐は足元を確認するように一歩ずつ進んでいく。
尤も数歩後ろを追うように歩く。
「ん、何探してるんだ?」
「あー、手に入れた書類あったでしょ?」
「ああ、ここの建築計画のやつ?」
「うん。あれって2種類あってね。1つは建築計画書。もう1つは改築計画書なの。建築計画書はこの会社の建物を一から建てるためのもの。改築計画書には元々ここにあった建物を取り壊して、倉庫を建てるという内容が書かれてる。」
「へえ、そんな事が書いてあったのか。でも、それってそんなにおかしい事か?建物の老朽化とか、用途が変わったから改築が必要になったとか。いろいろ理由はありそうだけど。」
「まあ、それだけならちょっと無駄なことしてるなで済むんだけどね。実はこの倉庫には地下室があるの。」
「地下室…?」
「うん。それと、ルナーが武藤に迎え入れられた頃とここの改築計画の時期が被っているのよね…。」
憐が足を止めて、振り返る。
「それって…。」
「私には計画書にある地下室とルナーの暮らしていた部屋が同一のものなんじゃないかって思ってる。」
憐は自分の足元を指差す。そこは半畳ほどの大きさの四角い溝があって、他の床とわずかに模様が違っている。
「地下室…。」
憐は膝をついて溝の周辺を探る。
カチリと音を立てて、地下へ続く扉が開いた。