翌日。朝。
いつものようにトーストにかじり付く。
「今日もやるからね。練習。」
「え。今日もやるのか。」
「うん。夏休み中に使えるようにしないと。」
「使える…って。何にだよ。」
「んー。いろいろよ。」
「はぁ。」
なぜ俺が魔術に関わる事と俺の生活の面倒を見る事が交換条件として成立しているのか不思議だ。
そんな話をしているとテレビから緊迫感のある声が聞こえてきた。
レポーターが事件のあった場所から中継をしている。なにやら、緊急中継のようだ。
「こちらは、このように大きな穴があいております!そして、建物の角には爪のような傷跡もあり、多大な被害が出ています!警察から詳細な情報はまだ出ておりませんが、大型の動物による被害なのは間違いないそうです。現在、警察は被害状況から熊が周辺に潜んでいると見て、捜査を行なっているとのことです。」
レポーターはカメラを背に街中を進む。そして、その都度、振り向いて現場の状況を伝えている。
「うわ。クマだってさ。」
「ふーん。」
クマが市街地に姿を現したと言う話は聞くけれど、暴れ回るなんてそう聞かない。
画面に映っている傷跡からして、相当大きいのではないだろうか。
負傷者などは確認されていないらしいが、クマも発見されていないから、近隣住民は外出できないだろう。
「レポーターとかスタッフとか、危ない所に行かされて可哀想だな。」
「え?まあ、仕事だからね。」
「もしクマと遭遇したら死ぬかもしれないだろ。」
「まあ、そうね。でも、必要なんじゃないの。こういう伝える人。」
「命を賭ける程の仕事か?」
「さあ?それは本人が決める事でしょ。」
「そんなもんかね。」
「ええ。仕事に限らず、物事の価値は人それぞれで良い。」
「そうかい。」
そんな話をしながら画面に目を向けていると、妙な違和感を覚えた。
レポーターは緊迫した表情でこちらに語りかけている。
事件があると必ず駆けつけるいつものレポーター。普通の商店街。番組独自のスタイリッシュなテロップ。ワイプで抜かれている初老のニュースキャスター。
変わった点は何もないように思える。
少しの間、考え込んでいると憐が口を開いた。
「これ、すぐそこじゃない?」
ハッとする。
違和感の正体は、景色だ。
この場所に見覚えがある。
「本当だ…。」
国内とはいえ、他県のどこかだと思っていたので、これは驚いた。
夏休みでなければ、毎日通学のために通っている商店街。
自分の見知っている場所で起こった事だと思うと急に現実味を帯びる。
「これ、本当にクマなのか?」
「いや。もっと何か…こっち寄りの…。」
何を言いたいのか。ニュースの情報に否定的な感じだ。。
「じゃあ、なんなんだ?これ。」
ふむ、と言うとまだ残っている朝食に視線を落とし、皿に盛ってあるウインナーをフォークで突き刺して口に運ぶ。
それから、ふむふむと言いながら噛み締めている。
何か思い当たる節があるのか?
画面を見ては、手元に目をやり一口食べて、また
視線を戻すというのを複数回繰り返している。
少し眺めていたが、話す気配は無い。
何か引っかかるのだろうかと思いつつも、尤は残っていた朝食を食べきる。
結局、ニュース番組が終わるまで無言は続き、次の番組が始まった頃にようやく憐が口を開いた。
「爪の引っ掻き傷のような痕。動物だとは考えられないほどの怪力。…あれ魔物の仕業でしょ。」
「魔物?」
「うん。魔物ってのは魔力によって特異な力を付与された生物。日本的に言えば妖怪ね。そのほとんどは野生の動物が変異した姿よ。」
「妖怪って本当に居るのか…。」
「何言ってんの。尤が見る霊とあまり変わらないって。驚くところじゃない。」
「へーそんなもんか。でも、本当に妖怪がやったのか?」
「多分ね。あんな大きな引っ掻き傷を付けられる生き物なんてそうそういない。でも、仮に出没したなら、もう見つかってそうよねー…。」
「それと…なぜそんな事が起きてるのかが気になる。」
「だから、妖怪が街に出たんだろ?」
「うーん。それ自体が不自然なのよねぇ。魔物がわざわざあんな人目につくところで暴れるかなぁ。良い事なくない?」
「いや、憐達の自然が分からないし。じゃあ、そもそも魔物の仕業じゃないんじゃ?魔術師がやったとかさ。」
「んー、まあねー。でも、魔術師による痕跡らしさはない。ニュースだと、シャッターと壁に深い爪痕が刻んであった。普通に考えて、生き物なのよねぇ。」
「じゃあ、やっぱり動物がやったんだって。近所に住む富豪に飼われてる超大型のサーベルタイガーが逃げ出して、暴れたんだろ。きっとそうだ。」
「ふん。あり得ない事言わないの。あんな爪を持ったペットがいるわけ…。ペット…?」
「ん?」
「ペットが暴走…あり得る…。」
「ええ…?いや、今のは冗談だったんだけど…。」
「あはは。いやいや、そうじゃなくて…」
ゴドンッ!!
衝撃と轟音。
思考停止する。
「え。」
数秒あって、思考が働き始める。
なんだ?何があった。
すごい音がした。
それとともに振動。
隕石…?
二階で何かあったのか…?
「行くよ。」
さっきまでとは別人のように低い声。
憐だけはなんとなく状況が掴めている。
空気が重い。間違いなく二階で何かがあった。
「あ…ああ!」
2人は急いで二階へ向かった。