テーブルに用意された朝食が並ぶ。
食事の用意は憐がする事になっている。
作るのに1人分も2人分も変わらないと言うので、それに甘えている。
トーストと卵、ウインナー、サラダ。オーソドックスな洋朝食が食卓に並ぶ。
つい半月ほど前までは毎朝、ご飯と味噌汁にアジの開きや焼き鮭といった和食と決まっていたので、まだ慣れない。
良く言えば新鮮な気持ちだけれど、用意された朝食を見るたびに、自分は他人の家にいるのだと再認識してしまう。
そんな事を思いながら席に着き、テレビに目をやる。
「長ーいお耳と長ーいお鼻の、武藤製薬〜〜♫」
ヘンテコな歌でおなじみの薬のCMがやっている。
これに登場するキャラクターの不気味さが絶妙で、話題になっている。
お茶の間の前で流すような顔面ではないという意見やなんとも言えない表情が愛くるしいなどと賛否両論あるようだ。
一部では全てのグッズを揃えるような熱狂的なファンもいるようだが、俺にはどうも信じられない。
「はいどうぞ〜。」
皿を両手に持った憐がキッチンから出て来る。
「…ああ。」
憐はその皿を尤の座っている席の前に並べる。
俺の分らしい。
「食べるでしょう?」
「あ、うん。どうも。」
それを聞いた憐はニコッとして向かいの自分の席に座る。
「そろそろこの生活にも慣れてきた?」
「ん?まあ。」
「なにか不自由な事はある?」
「いや、別に。」
「そう。」
当たり障りのない返事をする。
憐はそれを聞いて笑顔を返してくる。
彼女の真意は分からない。
数秒の不自然な間。
その間、憐は尤を見つめ続ける。
「じゃ、そろそろ始めようか。」
「ん?」
「始めよう。魔術師のお勉強。」
「魔術。」
「うん。今日からにしよう。」
「魔術ねぇ…。」
「ん…?どうしたの?」
「いや、…なんでもない。」
「何か不服?」
「いや、別に。約束だから。」
どうして俺に魔術を教えたがるんだ。
ここへ来て一週間程が経ったけれど、理由は未だによくわからない。
「尤はそうやって嫌そうに言うけど、尤のために言ってるんだからね。その辺分かってるの?」
「…だから、前にも言ったけどな。その手のオカルトがどれだけ俺の人生を狂わせて来たか知らねえだろ。ああいうのがなけりゃもっと普通に過ごせてるっての。」
「だから、そうならないように色々教えるから。」
「いや、出来れば関わりたくない。」
「はぁ。全く分かってないなぁ。」
「どっちがだよ。」
「あのね。あの夜の事を君は覚えていないかも知れない。でも、もう戻れない。君はこっちに来てしまったんだから。」
「またそれか…。」
「何度でも言うよ。魔術師の家系は魔術を継承するべきなの。知ってしまった以上もう避けられない。魔物はどこに現れるか分からないんだから。いつか、また襲われる。分かってるでしょ?」
「知るかよ。俺は自分でなんとかできる。」
「だから。そのために学ばないとって話だよ。」
「……。」
「とにかく。今日から始めるからね。この朝食を終えたら外出て待ってて。」
「はぁ。」