今日も痕跡採集のために商店街へやってきた。
しかし、そう毎日痕跡があるわけもなく、ただの散歩になっている。
「ねえ。憐は尤の事をイソーローだって言ってたよ。イソーローは他人の家に住まなきゃいけないの?」
「居候な。逆だ、逆。他人の家に住まわせてもらってる人を居候って言うんだ。」
「ふーん?何でイソーローやってんの?」
「んー。伝わってんのかぁ?お前も居候だぞ。」
「そうなの!?」
「そうだ。行くところが無くて仕方なく住まわせてもらってるだろ?俺も一緒なんだよ。」
「そうだったんだ。私も居候だ。」
暗転
物心ついた頃にはすでに両親は居なかった。
祖父母は俺を大切に育ててくれたから、ここまでほとんど不自由なく育つことが出来た。
でも、その祖父母も先月死んだ。
理由は未だによく分かっていない。ただし、検討はついている。
俺らが黒い影と呼んでいる正体不明のオーラ。
それだけが唯一の手がかり。
「そっかぁー。それで行くところなくなって憐と住むようになったの?」
「それもそうだし。2人が死んだ理由を知りたい。2人のためにも。だから、魔術を教わってる。」
「…へぇー。」
「なんだよ。不思議か?」
「え?」
「いや、ルナーが驚いたんだろ?」
「あ、ああ。そっか。あはは。」
「はぁ?変な奴だなぁ。」
「だって、家族が居ないから分からないんだもん。」
胸がチクッと痛んだ。
「そっか…。」
忘れていた。
自分の置かれた状況とは違う。
そもそも悲しむ原因がない。
それが何より悲しい。
「うん。えへへ。私って何なんだろうね。」
「それは………。」
言葉に詰まる。
魔物と呼ばれる存在。その中でもルナーはほとんど人間と見分けがつかない。外見的に特異性がなく、自我を持ち知性のある個体。それは、果たして人間となにが違うのか。
憐によれば、ルナーは稀有な存在らしい。魔物の中でも優れている。しかし、それが理由で自身の存在意義に疑問を持っている。
人間誰しも家族を意識する。彼女は無くす事すら出来ない。特別ゆえの疎外感。
思ったまま伝えても良い。悩みは整理されるかも知れない。しかし、事実をありのまま伝えるのはあまりにも酷じゃないか。
それがルナーのためとは到底思えない。
「………。」
数秒間の沈黙。
何も言えない。ルナーを傷付けたくはない。だから、何を言おうにも、嘘をついてしまいそうで恐ろかった。
「はぁ…。」
気まずさで思わず息が漏れる。
尤は耐えられずにポケットから取り出した端末に目を落とす。
「なにそれー!」
尤は急な大声に身体を硬直させる。
「なんだよ。でかい声出して。」
「ちっちゃいテレビ!」
ルナーは尤の手元にある携帯電話を指差して言う。
「ああ。これ?携帯だろ。知らないのか?携帯。」
「携帯…?携帯ってあの折りたたみの?」
「ガラケーの事言ってんのか…?いつの話してんだ。」
ルナーは一般常識全般の知識レベルが尤や憐とズレている。
会社は知っていても、学校は知らなかったり。
テレビを知っていても、タレントや俳優、お笑い芸人と言われても何の事かさっぱり分からなかったり。
挙げ句の果てに、ガラケーを知っていて、スマホは知らないとなると、ルナーの常識は未だ構築途中らしい。
「それ貸して!」
「ええ?何すんだよ。」
「なんかする!」
目をキラキラさせて両手を伸ばしてくる。
「なんかってなんだよ。ほれ。」
尤は携帯を乱暴に放った。
ルナーは難なく携帯を捕まえる。
「っと。捕った!」
「すげえすげえ。」
得意げな表情で携帯を見せてくる。
「何も見えないー。」
手元の携帯をただ見つめるルナー。
「どうした?」
「嘘だろ。使い方がわからないのか。」
「うん。どうすんの。」
「貸してみ。教えてやる。何がしたい?」
「んー。なんかする。」
「そのなんかを聞いてるんだって…。じゃあ、ゲームな。」
「うん、それ!」
電源を付けて、たまたま入っていたアプリケーションを起動する。
「うわーー!すごいすごい!!」
ルナーは感激の声を上げる。
もう携帯の画面に夢中だ。
彼女の無邪気さに心が救われる。
十分程やり続けて、満足したようでスマホが返ってきた。
「じゃあ、帰るか。」
「うん!また貸してね。」