手掛かり

「それで、身体は本当に大丈夫…?」

 

「ああ。おかげでもう大丈夫そうだ。腕が少しヒリヒリするけどな。」

 

憐が帰宅すると、リビングには俺が倒れていて、2人の姿はすでに無かったそうだ。

それから魔術による治癒を施してくれて、今になる。

 

「ふむ。何にせよ。無事で良かった。」

 

「…でも、あいつが…!」

 

「そうね。でも焦っても仕方ないでしょ。」

 

「……そうだけど。」

 

「そういや、武藤…。」

 

「ん?」

 

「ルナーの言うドクターは武藤って名前だった。俺にはそう名乗ってきた。」

 

「ああ。うん…。」

 

「…そういや、武藤は憐の事を知ってるようだったぞ。それに、この家の事も。」

 

「ええ。武藤紀二。私も彼の事を知ってる。」

 

「はぁ??じゃあ、話が早いだろ。ルナーを助けに行かねぇと!」

立ち上がる尤。

 

「待ちなって!」

呼び止められて立ち止まる尤。

 

「何言ってんだよ。ここでじっとしてる訳にはいかねえだろ!早く、早くしねえと!!」

 

「分かったから!分かったから、落ち着いて。」

 

「落ち着いてなんて居られるかよ!!!俺が助けてやねえと…俺は行くからな!!」

 

返事も待たずに部屋を出ようとする。

 

「待って!」

憐が尤の腕を掴む。

 

「!?いってえ…。」

右腕がヒリヒリと痛む。

 

「え…ごめん。大丈夫?」

 

「ああ…。さっきのが残ってる。触られると痛い。でも、普通にしてれば平気だから。」

 

「そう…。でも尤、状況わかってる?相手は魔術師よ。白波瀬と関係があるってそう言う意味なんだよ。」

 

「だろうな。俺が吹き飛ばされたのも絶対に魔術だった。」

 

「あのねぇ…尤の身が危ないの。師匠として見逃せるはずがない。それに、まだ全て想像の域を超えてない。慎重に行かないと。」

 

「ルナーの身が危ねえんだよ!!」

 

「しくじったらどうすんの?ルナーを助けに行って、もし失敗したら?あなただけじゃない。ルナーだって今より危険な目に遭うかも知れない。下手したら…。」

 

「………。」

 

「あなた1人で何が出来るの?」

 

「……分かってんだよ…そんな事は…。」

 

「冷静になりなさい。血が上って、突っ走ってしまうのは君の悪いところみたいね。この前はそれでうまく行ったかも知れないけど、毎回そうなるとは限らない。」

 

「この前…?ああ…。」

 

「うん。」

憐は事ある毎にあの雨の日の話を持ち出す。

何を言われたって、尤は覚えていない。

ただ、憐の意見は正しい。

冷静さを失っていた事に反省する。

 

「分かったよ…。」

 

「よし。」

 

「それで。武藤ってのは何なんだよ。」

 

「それより先に今日仕入れた情報から話させて。」

 

「今日調べていたのは分かってると思うけど、黒塊についてよ。黒塊が頻出しているのは何故かという問題。いろいろ調べてきた。」

 

「それで、どうだったんだ。」

 

「結論から言うとまさに今話していた武藤が絡んでいる事が分かったの。」

 

「だから驚かなかったのか。」

 

「ええ。黒塊は偵察や陽動などに使われる低級の使い魔。魔力を食わない代わりにあまり賢くはない。出来ることといえば、魔力吸収くらい。生物の魔力を吸い上げて肥大化して、粘着する。吸いとられ続ければ、死ぬけれど魔術師なら難なく対処できるでしょうね。」

 

「へえ…。」

 

「それを出していた理由は1つ。ルナーの捜索ね。」

 

「はぁ、なるほど…。」

 

「武藤家は元を辿れば魔術師の家系なの。降霊を得意とする魔術師だったんだけど、同時に薬剤の分野にも造詣が深くてね。そちらを生業にするようになって今の形に落ち着いたってわけ。」

 

「今の形?」

 

「うん。武藤製薬。」

 

「武藤製薬って…。あの、長い鼻と耳のキャラの!?」

 

「そう。あの会社の代表が武藤紀二。ルナーをさらった犯人よ。」

 

 

「実際のところどうする気だ?まさか、黙って忘れろってわけじゃないよな。」

 

「もちろん。助けに行くわ。そのためには、最低限準備ってものが必要よ。数時間だけ待ってほしい。」

 

「準備?」

 

「ええ。具体的には武藤対策の戦闘準備と尤の鍛錬の続きね。」

 

「戦闘…。」

 

「不安でしょうけど。しっかりね。ルナーを助けられるのは私達だけよ。」

 

「ああ。そうだな。」

 

「0時に行動開始ね。それまでに出来る限りの準備を。」

 

「わかった。」

 

 

 

「それじゃ、あとで。」

そう言うと、憐はリビングを離れた。

自室で準備をするのだろう。

俺はやる事もないので、リビングにいよう。

ソファに横になった。

 

暗転

藤原との一件によって、痛めた右腕がヒリヒリとする。

早々と寝支度を済ませて、ベッドに倒れ込んだ。

思えばこれは、ルナーによって付けられた痛みだ。それも、詠唱の時間がなく、一瞬で広がったあの光はきっと魔法だ。

魔法に付けられた痛みに外傷は出ないのか?

 

意識しないようにしていた腕の痛みに集中する。

表面的なものではない。擦り傷のそれとは違う。内部にも痺れが伝わる。本当に何なんだろう。この一件が終わったら、病院で診てもらうべきか?

 

「はぁ…。」

にしても、大変な目に遭っている。

自分の置かれた状況はなんだ。

魔術だとか。魔物だとか。

1ヶ月前には想像も付かない体験をしている。

今までの生活とは劇的な変化だ。

この右腕が象徴している。

奇妙な世界に身を置くっていうのはこういう事なんだ。

それでも、望んだからにはもう引き下がれない。

俺に協力してくれた人のため、助けを求める人のため。そして何より、俺自身のためにも。

 

気持ちを落ち着かせよう。もう寝ないと。

深く深呼吸をする。

ドクンドクン。

心臓の鼓動が全身に伝わってくる。

 

肌に触れる空気。俺の寝ているベッドのシーツの質感。体内の血液の流れ。

全てが手に取るように分かる。

神経が研ぎ澄まされていく。

 

「なんだ…?」

不思議な感覚だ。

全神経が機能している。

 

今頃、瞑想の成果が出てきたのか。

まさかそんなわけがない。

しかし、それ以外に可能性があるとすればなんだろう。

 

今日、1日の行動を振り返る。

いつもの探索。美奈との会話。ルナーの誘拐。藤原葵との戦闘。ルナーが放った光。

そして、気を失う寸前に見た炎。

 

「これって…。」

 

もう一度、あの炎を思い起こす。

 

ビリビリ

「いたっ…!!」

思考を巡らせた瞬間、無数の細い針が腕を貫通したような痛みが襲う。

 

「なんだ今の…?腕を動かしていないのに。」

 

再度思い出そうとする。

しかし、また針が腕を刺す。

 

想像が確信に変わる。

不思議な感覚の原因はルナーの放った光で間違いない。

そして、これはただの傷や怪我ではない。

頭を働かせて、痛む腕の怪我など不自然すぎる。

 

選択肢

A「よし。ひとつ試してみるか。」good

B「こんなに痛くては、この後に支障が出る。静かにしていよう。」bad