「ん?」

 

帰り際、人気の無い裏路地を歩いている途中。

道の真ん中に黒い塊が落ちているのに気がついた。直径1メートル近くあるそれはよく見ると液体のようで独特な光沢があり、うねうねと蠢いている。

 

「あれは…。」

 

瞬時に記憶が呼び起こされる。

憐と初めて会った時のあれ。

その物体は黒塊と呼ばれる魔物。

 

「黒塊だ…。」

 

「うわっ。何これー。きもちわる。」

ルナーは興味深々な様子で、小走りで近寄っていく。

 

「お前ばか!」

 

「え?」

 

その瞬間、形状を変えて、ルナーの片脚に絡みつく。

 

「うわぁ!!いたい…!」

 

「おい、大丈夫か!」

 

「なにこれ…全然取れない!」

ルナーはジタバタと掴まれた脚を動かしている。

 

モコモコと膨れ上がり、より深くルナーの脚が飲み込まれていく。

足掻けば足掻くほど深くより深く。

自力で逃れられそうにはない。

 

「これは…。」

 

「た、助けて!」

 

「ああ、今取ってやるから。」

 

駆け寄って、手を掛けて引き剥がそうとする。

しかし、細かいカケラが取れるだけで一向に引き剥がせる様子がない。

 

見上げるともうすでに2メートル程に膨れ上がっている。

 

「これは…前に見たあれと同じじゃないか。」

 

憐と出会ったあの日。

俺はこれに襲われた。

憐の助けがなければ死んでいた。

俺1人の力でどうにかなるのか。

 

引き剥がそうとしているが、膨れ上がるのが早すぎてどうにもならない。

どうしたらいいんだ。

力一杯あがいても意味がない。

気付くと、

 

 

「尤!たすけて…。」

 

「分かってる!」

 

それでもやるしかない。

 

「力入れろよ?いくぞ。」

ルナーの肩を持って強引に引き抜こうとする。

 

「んんっ!!」

 

ビクともしない。

それどころかルナーはより深く飲み込まれていく。

もう腰あたりまで黒い塊の中に沈み込んでしまった。

 

「フッ!!」

再び肩を持って引き抜こうとする。

しかし、何も起こらない。

事態は悪化する一方だ。

力尽くでどうにかならないのか。

 

「尤…力が入らない…。」

 

体力が奪われている?

事態は急を要するのかもしれない。

 

「く…どうすればいいんだ。」

 

何かヒントはないか。

思考を巡らせる。

その間に黒い塊は増長を続け、ルナーを飲み込んでいく。

 

「何かないのか…!」

 

憐から教わった事を思い出す。

眼識…。今やれるのはこれだけ。

やってみる価値があるかもしれない。

これだけは練習してきた。自信もある。

 

息を整える。

目の前の事象にのみ集中する。

ルナーとそれを飲み込もうとするこの得体の知れない黒い塊。

その全体を捉える。視覚がやがて数色の色に見てとれる。ルナーを覆うのは緑。そして、黒い塊を覆うオーラは黒。

 

「黒い…オーラ。」

 

やはり間違いない。こいつは前に見たあの塊と同じ。

全体を覆っているオーラ。そして、上部にはより一層色の濃い箇所が見てとれる。そこだけ他よりも魔力の濃度が高いようだ。

 

「あそこに何かあるのか…。よし。」

 

「ゆ…う…。」

 

助走をつけるために数歩下がる。

 

「待ってろ。今助ける。」

 

周りに使えそうな物は落ちていない。

あの部分を壊すには自分の拳で殴るしかない。

 

「いくぞ。黒い塊。」

 

覚悟を決めて、一直線に走り込む。

標的は黒い塊の上部中央。魔力の濃度の高い核。

あれを壊せればなんとかなるかもしれない。

 

助走距離は約10メートル。

この短い距離で可能な限り拳に力を乗せる。

 

「うおおあああ!!」

 

叫びながら振りかぶる尤。

瞬間の疾走は拳に全身の力を乗せる。

 

ドンッ!!

 

鈍く響く音。

拳は標的を捉える。

が、何も起こらない。

 

破裂も瓦解も蒸発もしない。

核のようなものは依然としてそこにある。

 

「くそ…はぁはぁ。何も起きねえのか。」

 

ルナーの身体は既に8割は黒い塊の内部に入り込んでしまった。

 

「どうすればいい…。」

 

「ルナ!」

 

「!?」

 

振り向くと20メートルほど先から駆け寄ってくる憐が見えた。

 

「どうなってんの!?」

尤の隣へ来ると状況を確認する。

 

「ルナーがあれに捕まっちまって!!あいつをどうにかしないと!!」

 

「分かった。私がなんとかするから!」

 

「中央の上部に魔力の集中している核のようなものがある。それを狙うっていうのはどうかな。」

 

「え…。うん!わかった。」

 

少し躊躇してから、手を広げて標的へかざす。

 

「ちょうどいいから試しておこう。」

 

紫色の鮮やかな光が放たれる。

核の部分にへ向かって直線的に照射される。

 

核は一瞬で紫になり、それを確認して憐は広げた手に力を込めて、潰す様に握り込む。

 

すると、ゴグギッという音を鳴らして、核が割れる。

 

核を中心に膨れ上がり、ルナーを飲み込んでいた外皮は蒸発する様に消えていく。

 

ルナーが倒れこむ。

地面が微かに黒ずんでいるだけで、あの黒い塊は消え去ってしまった。

 

「大丈夫か!?」

 

「う、うん…。苦しかった。」

 

「ふぅ。」

 

憐の力によって、救出に成功した。