「あの子、目が覚めた。」
1時間ほどすると憐が呼びに来たので、二階の空き部屋に向かった。
暗転
廊下を歩いている途中、憐が気になる事を言う。
「多分、驚くと思うよ。」
何となく頰が上がって、楽しそうだ。
「なにが。」
「見ればわかるわ。」
部屋の扉を開け、目に飛び込んで来た光景に唖然とした。
「え…。」
そこには見知らぬ少女。
桃色の髪。透き通った肌。歳は12…13歳くらいか。
背中の方には二本の尻尾がゆらゆら揺れている。
表情は無く、陰鬱とした雰囲気を醸し出して、ただ座っている。
憐を見ると、にこっと笑いながらウンウンと首を縦に振っている。
「何がだよ…。誰、こいつ。」
「ん?さっきの猫だよ。」
「いや、そんなわけないだろ。」
そんな冗談通じるもんか。
というか、不謹慎にもほどがあるのでは?
「さっきの猫はどこにやった?」
「いや、だからこの子だって!」
「はぁ…?え、ほんとに?」
そんな事あるか…?
もう一度、少女を凝視してから、憐の方を向く。
憐はまたウンウンと同じようにうなづいた。
「まじ?」
尤の反応が面白かったのか、憐はニカッと笑って見せた。
憐の様子からして、本当にこの少女はさっきの猫らしい。
「びっくりしたよ。看病してたら急に女の子に変わっちゃったんだから。」
「急に…?」
「うん。眩しくなったと思ったら、この姿になってた。」
「なにそれ。化け猫かよ。」
「少し声掛けてみたんだけど、何にも答えてくれないの。言葉が分からないのかな。意識はちゃんとしてるけど、答える気がないって感じ。目を合わそうとしても、逸らされちゃう。嫌われてるのかな。それでとりあえず、適当に服を着せてあげて、尤を呼んできたって状況。」
「へえ。服着せてあげたって、嫌がったりしないの?」
「うん、全然。」
憐の言う通り、何か言う気は無さそうだ。
「ちょっと警戒されてるんじゃないか?」
「おーい。聞こえてんだろ?」
呼びかけるが、反応はない。
「だめねー。私もそんな調子でさ。どうしよっか。多分、害はないと思うんだよね。」
「ええ、本当かよ。適当言ってねえ?」
猫が人の姿に変身した。しかも、意思疎通が出来ない。元々猫なのか、それか俺らが発見する前から猫の姿に変わっていた何かって事もありえる。
この子の正体が未知過ぎて、身の安全が確信できない。
「大丈夫なのか?魔獣なんだろ?」
「いや、さっき平気で抱き抱えてたあなたが言う?」
「それは…なんとなく。」
「へえー。まあ、私も警戒してたんだけど。魔獣ってのは間違いないと思う。ただ、意識があるけどじっとしてるじゃない。もし害があるなら、私が傷を治してこの子が意識を取り戻した時点で何か行動を起こしてるはず。まあ、人に化けるなんて予想外だったから、何があってもおかしくないわけだけど…。」
「分からないけど、結局どうなんだ?」
「つまり、魔獣なのは間違いないけど、多分危なくはない!」
「ほんとかよ…。」
「それでね。私はこの子について少し調べてみようと思うの。だから、代わりに尤にはここに居てほしいんだけど。」
「え、なんで?」
「この子の面倒見てあげないとでしょ?1人にしたら可哀想じゃない。」
「1人で寝かせておけよ。それになんで俺が。」
「他に誰がいるのよ。当たり前でしょ?これは仕事の手伝いにもなるんだからね。」
「なんでだよ。仕事とは関係ないだろ。」
「明らかに魔術絡みなんだからそうなるでしょ?」
「はぁーー…分かったよ。」
居候している身。契約上、仕事の手伝いと言われてしまっては仕方ない。
「んまあ。何かあったら呼んで?下にいるから。」
ニコッと笑って手を腰に当てる。
「え、それって危ないかもって事じゃ。」
「大丈夫大丈夫〜!」
適当な返事をしながら部屋を出て行ってしまった。
地下の書庫で資料を探すのだろう。
まったく…いいように使われているようにしか思えない。朝昼晩、飯を用意してもらっていて、文句を言える立場ではないが、それはそれとして。