少女と2人、部屋に残る事になった。
庭の草むしり、部屋の掃除、買い物。面倒な事を押しつけられがちだ。
せっかくの夏休みだけれど、どこへ出掛けたいとうわけでもないため、問題はないけれど、あまり良い気はしない。
自分の意思で家で過ごすのと、家で用事を頼まれているのとでは心持ちが違うわけだ。
めんどくさい。
うなだれていると、視線を感じた。
尤は少女の方を見ると、彼女と目が合った。
「あの…。」
「うわ、喋った…。」
さっきまでいくら話し掛けても、見向きすらしなかった少女が喋った。
驚きで口がぽかんと空いたままになる尤。
「しゃべれるよ。」
「でもさっきまで…。」
「あの人、悪い人でしょ。」
「え…?」
「私にはわかる。きっと悪い人。人間には悪い人がいて、感覚でわかるの。」
「なんだなんだ?さっきまで一切口を開かなかったのに。」
「なに?」
「いや、急に喋り出したなって。でも、どうしてそう思うんだ?憐はお前を助けてくれたんだぞ。」
「感じるの。私の嫌いな人と同じ感じがする。周りの空気がどんよりしてるのが分かる。」
「でも、俺はあの人と仲良いぞ。」
「………」
「憐が悪い人間なら、俺もそうなんじゃないのか?」
「でも、あなたはそんな感じしない。」
「へー。だから、今は喋ってんのか。」
コクっと頷いて見せる。
信用してくれるのはありがたいけれど。
理由があやふやで少し反応に困る。
「憐って何者?」
「んー、ちょっと偉そうだけど、優しい人なんじゃないか?」
「ふーん。」
彼女は眉をひそめた。
尤としては自分も憐と同じように警戒されたところで問題はない。
ここから逃げ出て行くのならそれで構わないと思った。
「それで、お前は何者なんだ?」
「私はね。人じゃないんだって。猫なんだよ。見て見て。っにゃー。」
猫の手のように両手を顔の前に出して見せる。
「どう見ても人なんだけどな。」
二つに分かれた尻尾以外は。
「猫ってのはもっと小さくて毛と耳が頭の上に生えてるだろ?」
「うーん、分かんない。そう教わったんだもん。」
「教わった?誰に?」
「…ドクター。」
表情がほんの少しだけ曇る。
「ドクター?」
ぐぅーーー。
遮るように腹の虫が鳴く。
少女はえへへとばつが悪そうに笑っている。
「あぁ、憐に頼んで何か用意してもらおうか。そろそろもう昼飯の時間だしな。」
「憐…。」
やはり、憐と接するのに抵抗があるらしい。
「憐はお前が思ってるほど悪い人じゃないと思うけどな。さっきも言ったけど、ボロボロのお前を治してくれたのはあの人なんだぞ。」
「うーん、分かった…。あなたがそう言うなら。」
今日会ったばかりの人にそう信じられてもなと思う。
ただ、その方が話しやすいのは確かだ。受け入れる事にする。
「そういえば、なんて呼べばいい?名前。」
「私の名前はルナー。」
「ルナーな。俺の名前は尤だ。」
「尤。」
「ああ。とりあえず、リビングに行くぞ。」